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第五話 ギャップ

last update Última actualización: 2025-11-02 08:00:07

一人で暮らしていた時はいつもコンビニのおにぎりで済ませていた。身の周りの事も自分で出来るようにと晴明に言われたのだが、麻美の食生活を知られると雷が落ちてくる。誰かと食事をするなんて久しぶりの事で緊張している。彼女は用意を済ますと、整えられた髪を揺らしながらリビングへと入った。

「早かったな」

「そう? これでも時間かかった方だけど」

「女性の準備は時間のかかるものだと思っていたよ」

素直な気持ちを口にしただけなのに、麻美にとっては嫌味に聞こえてしまう。まるで自分が女性らしくないと言われているようで、少し気分が下がった。なるべく表面に出さないように務めている彼女だが、隠しても終夜からは手に取るように分かってしまう。

テーブルの上に綺麗に並べられたトースト、スープ、サラダ、スクランブルエッグ、そしてデザートのヨーグルト。麻美の来るタイミングを見計らったように目の前に広がっている食事に言葉を失っていく。以前の自分の食卓とは違う、天と地ほどの差があった。

「どうした? キョトンとして」

「……なんでもないです」

「食事が冷めてしまう、食べようか」

自分との格差にショックを隠しきれない麻美を放置して、席に座った。出遅れてしまった事に気付くように、慌てて終夜の向かいの席に腰を沈めていく。彼に合わすように両手を合わせ、感謝を口にし、食事を始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当たり前だった日常が様変わりしてしまった現実を受け入れる事が出来つつある。朝の食卓を思い出しながら、ため息を吐いてしまった。あんな優雅な時間を過ごしたのは、いつぶりだろうか。麻美は昔を思い出しながら、両親と笑い会った食卓を重ねていく。

終夜は会社で仕事をしている時とプライベートのギャップが凄かった。あんなに微笑んでくれたのに、仕事が絡むと作られた表情で微笑むだけ。まるで演技をしているように思えた彼女は、彼を支える使命を思い出すと、目の前のスケジュール調整を進めていった。

明日のスケジュールの調整を終えると、来客の対応に切り替えていく。秘書としての経験がない麻美は終夜の指示通りに動くしかなかった。中には自分の仕事内容ではないものも含まれているが、そんな事は彼には関係ない。

「要は、雑用ね」

知らない人に、それも立場がある存在に笑顔を作って対応するのは思った以上に疲れる。こんな毎日を送っている終夜が信じられない。普通に事務で働いている方が幾分、楽に思えて仕方がなかった。

「西宝さん、手が止まっているね」

後ろから急に声をかけられた事で、ビクッと反応してしまった。恐る恐る後ろを確認していくとそこには笑顔に満ちた終夜の姿があった。麻美の知っている素直な笑みはどこにもない。じんわりと怒りが漏れている。

サボっていた訳ではない。慣れない仕事に手間取っているよう。そんな麻美の状況を知らずに、終夜はポンと彼女の肩を叩くと、表情の見えない瞳で語りかけてくる。

「今は仕事中だ。やる事をやってくれないと私も動けないんだよ」

「……はい」

「返事はいいね、返事だけは」

「すみませんでした」

「分かればいいんだ、分かれば」

全ての言葉に棘がある。本当はここで言い返したい。会社と言う事もあってさすがの麻美でも言葉を飲み込んだ。終夜の言っている事は正論そのもの。それを個人的な意見で突っぱねるのは違う気と思った。

企画部から提示された資料を整えていく。終夜は会社の特徴と思想を彼女に伝えると自分の変わりに仕事を押し付けてきた。何もなかったはずの机の上には沢山の書類が散財している。一日でこの状態だ。現実逃避をするように、隠れて背中を伸ばすと、疲れた目を癒すように撫でていく。

「この仕事量はなんなのよ……秘書としての仕事じゃないものまで置かれているし」

終夜は社長室にこもったまま出て来ない。作業に追われていて気づかなかったが、時間を確認すると二時が回っていた。頭の中にぼんやりと残っている記憶を辿るように、コピーをしていた終夜のスケジュールを取り出した。

二時四十五分ーーテレビ局での会議

目に止まった項目を再確認すると、そう書かれている。麻美は見間違いをしてしまったとスルーをしようとしたが、このままなかった事には出来ない。飛び出すように立ち上がった彼女は時間が迫っている事実を告げる為に終夜の元へと向かっていった。

社長室に辿り着くと、コンコンと軽くノックをする。本来なら社長室と麻美が仕事を主に行っている秘書室は内線で応答する事が出来るようになっていた。分かれていない会社もあるが、ジェクトコーポレーションは分かれて使用している。その方が何かあった時の対処を迅速に進める事が出来るからだ。

わざわざ社長室まで行く必要がない事を知らない彼女は、返事を待つように立ち尽くしている。何の音も聞こえない、どうしたらいいのか分からない。そんな状況を打開するように、ドアを開けていく。

「社長……すみません。二時四十五分からテレビ局での会議が入っています。時間が迫っていますのでお急ぎください」

何を言われても仕方ない。伝える事を忘れていた自分に落ち度がある。精一杯頭を下げながら伝えていく。怒鳴り声が聞こえてくるはずなのに、一切何も聞こえない。ギュッと目を瞑っていた麻美は恐る恐る瞼を開け、顔を上げていく。

「……え」

社長室にいるはずの終夜がいない。ガランとした部屋に取り残された麻美の存在が浮いている。今回の会議の事は終夜は知らないはず。それでも、当の本人はいない。

プルルルーー

社長室の内線が鳴り出した。出た方がいいのか迷った麻美は嫌な予感を感じながらもいない社長の変わりに電話に出ていく。

「お電話ありがとうございます。株式会社ジェクトコーポレーションの西宝です」

初めての電話対応をすると、これであっているだろうかと不安が押し寄せてくる。相手の言葉を待っていた麻美を揺さぶるように声を出していく。

「……合格。西宝さん、君スケジュールきちんと伝えていなかったね?」

受話器から聞こえてきたのは終夜の声だったーー

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